震災で辛かったこと-石巻市雄勝町の釣宿について-

 今日で、東日本大震災から8年になります。
 この震災で一番辛かったのは、毎年2回春と秋に釣りに行っていた民宿のご夫婦が亡くなってしまったことです。

 その民宿は、宮城県雄勝町の、とてもきれいなリアス式海岸の湾内にありました。海から10mと離れていないところにある「みずはま荘」と言う名前の民宿で、老齢のご夫婦が切り盛りしていました。

 私は30年近く前から、毎年春と秋の2回、釣り仲間と泊まりがけの釣りを楽しんでいました。民宿の手配した船で釣れる魚は、マコガレイとアイナメです。前日は防波堤で釣りを楽しみ、夜は大勢でにぎやかな宴会です。多い時には10人以上参加し、翌朝4人位ずつ仕立船に分乗し、湾内で釣りを楽しみました。私も息子を連れて行ったことがあります。

 とても愛想のいい奥さんと、無口で気のいいだんなさんで、毎年「ただいま~」と言いながら宿にはいれるようなとてもいい船宿でした。

 震災では、船宿が海沿いにあったこともあり、とても心配で、避難所の名簿情報や所在確認情報を探していました。すると、避難所生存者名簿にはなく、行方不明者名簿にあることがわかりました。

 民宿のあった水浜集落は、普段から防災意識の高い集落で、亡くなった方が少ない集落であったとTVでも紹介されていたのですが、残念ながら犠牲になってしまったようです。後日、みずはまの釣船が再開した際にお話を聞くと、旦那さんが退院したばかりで動きにくかったかもしれないとのお話でした。

 後日、行ってみると高さ30m近くまで津波の押し寄せた跡があり、民宿跡地には、簡単な祭壇が設けられていました。震災後何度か足を運び、花と線香を手向けてきました。長年、家族同様のお付き合いをさせていただいたご夫婦が亡くなってしまったのは、とても辛いことでした。

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